研究事業

  1. NPO法人が目指す研究課題

  2. 「依存にかかる社会的セーフティーネットの構築の研究」

    1. 研究の必要性

    2.  カジノを含む統合型エンターテイメント(IR)施設の設置計画と、それに伴うカジノの法制化への動きがマスコミを通じて、大きく報道されている。我が国の成長戦略の一環として、あるいは雇用対策、地域振興、観光振興として、カジノは一定の経済効果が期待できる。しかし、カジノを含むギャンブルにはマイナスの社会的イメージが存在する。その中で最も深刻な社会的問題はギャンブル依存症の存在である。ギャンブルへの依存により、借金や窃盗などの犯罪の実行に加えて、うつ病、離婚、破産、自殺など、社会生活に大きな問題をきたす事態が引き起こされる。さらに、親がパチンコに夢中になっている間に、子供が炎天下の車内に取り残されて死亡するという事故が1990年代半ばより頻発しているように、ギャンブル依存は、患者本人だけでなく周囲の人間にも負の影響を与えることがある。わが国ではこのような社会的コストが顧みられることは少なく、現在でも、ギャンブル依存者の総数や地域分布など、その実態に関する実証的研究はほとんどない。
       わが国の通俗的な認識では、ギャンブルに耽溺するのはその人の心が弱いからだとされ、ギャンブル依存は患者本人の意志の弱さの問題として片づけられることが多い。つまりギャンブル施設が周囲に数多くあるといった社会制度や環境要因の重要性よりも、性格や意志などの個人的要因の重要性によってギャンブル依存が発生する、というのが一般的なとらえ方である。社会制度やギャンブル政策の不備あるいは不在が指摘されることはまれで、ギャンブルするためのお金欲しさの犯罪など、犯罪者の行為責任が大きくクローズアップされる傾向が強い。
       先進国ではギャンブル依存は治療が必要な精神疾患の一種であると考えられている。たとえば、アメリカ精神医学会が出版し、世界的に広く使われている『精神疾患の診断と分類の手引き(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 4th Edition)』では、ギャンブル依存症は「衝動制御の障害」のひとつとして分類されている。しかしながら依存症対策では日本よりも多くの研究が行われているアメリカにおいても、人が依存症に陥る生理学的メカニズムは十分に理解されていない。
       ギャンブル依存のメカニズムの解明の手掛かりとなりうるひとつの方向性は、報酬系に関する近年の神経科学研究の進歩である。神経画像学を中心とした神経科学の成果は、ドパミン神経系を中心とした報酬系と呼ばれる脳内の神経回路の詳細を明らかにしてきた。元来、精神医学においては、ギャンブル依存やインターネット依存などのプロセスに対する依存は、覚醒剤などの薬物依存やアルコール依存などの物質依存と区別して扱われてきた。しかし、報酬系に関する研究の諸成果からは、いずれのタイプの依存も脳内で共通の基盤を持つことが明らかになりつつある。このような成果は、治療や社会政策においても、プロセス依存は、物質依存と共通する戦略が有効である可能性を示唆している。
       このように、ギャンブル依存は、薬物依存などと同様、医学的にも社会的にも、現代社会の喫緊の課題のひとつである。依存症者の増加や副次的な社会的問題を生み出さないためには、カジノが法制化され、カジノを含む統合型エンターテイメント施設が各地に設置されるようになる前に、ギャンブル依存についての社会的実態の調査・研究とその生理的メカニズムの研究が不可欠である。そして、それらの成果を踏まえたうえでの、カジノ法制化が必要であると考える。

    3. 研究の目的

    4.  本研究では、医学研究や脳機能画像研究を中心にした基礎的研究成果をカジノ関連法の制定において生かし、有効なセーフティネットを構築するための、政策的インプリケーションの策定を目的とする。加えて、このようなセーフティネットの整備に要する社会的コストを内部化するための受益者負担システムの構築も目指す。ここでいう社会的コストの内部化とは、ある経済主体の活動が他の経済主体にマイナスの影響を及ぼす場合、市場価格にもとづいて、その費用の負担を求めることを言う。
       カジノを含むギャンブルにはギャンブル依存症という社会的コストが存在する。わが国ではこのような社会的コストが顧みられることは少なく、現在でも、ギャンブル依存者の総数や地域分布など、その実態に関する実証的研究はほとんどない。ギャンブル依存についての社会的実態の調査・研究とその生理的メカニズムの研究が喫緊の課題である。本研究では、医学研究や脳機能画像研究を中心にした基礎的研究成果をカジノ関連法の制定において生かし、有効なセーフティネットを構築するための、政策的インプリケーションの策定を目的とする。
       ギャンブル依存治療施設と連携し、受診者数の推移や治療過程を通して社会的・経済的影響を把握する。ギャンブル依存症対策にかかわる社会的コストを内部化するための政策として、受益者負担システムを構築するための基礎研究を行う。また、このような政策の根拠となる知見を得るため、ギャンブル依存症の原因究明のため、その行動特性や認知特性の解明、およびその脳内神経基盤を研究する。同時に、ギャンブル依存についての事実や社会的な問題点、その医学的な要因や回復のための方法などに関する啓発活動として、主要都市でギャンブル依存を含むプロセス依存に関するシンポジウムや研修会を開催し、この問題に対する社会的関心を高めると同時に、この問題に取り組む新たな人材育成を計る。

    5. 研究項目

    6. 実施する検討項目の具体的内容を以下に示す。

    社会的コストの算出

     ギャンブル依存を含むプロセス依存が社会的に大きな問題を生じていることは認識されているものの、我が国では、ギャンブル依存に苦しむ人がどれほどいるのかの基礎的研究が多く実施されているとは言いづらい。我が国でのギャンブル依存の実態を把握するため、先行研究の方法や結果(reference)を参考に、大規模アンケート調査を実施し、ギャンブル依存症の罹患者数を推計する。一方、社会的コストの算出には、ギャンブル依存に起因する犯罪の増加、労働時間の損失、家族の困窮などを考慮する必要があり、カジノ設置を含むギャンブルが生み出す経済波及効果の算出と同様に容易ではない。そのため依存症外来を設けている全国の病院、GA、ギャマノン、依存症患者の債務整理を行っている法律事務所など、関連する組織や機関との連携を構築することによりこの難点をクリアする。これによりギャンブル依存に関する社会的コストを算出し、政策立案や法案成立後の検討における重要な参考資料の作成を期待することができる。
     ギャンブル依存症の診断方法としては、広く諸外国で使われている、DSM-㈿(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 4th Edition)やSOGS(South Oak Gambling Screen) 等の基準を使用する。

    望ましいギャンブル依存症対策のための財源の検討

     ギャンブル依存の社会的コストの大きさを考えると、その対策が重要であり、そのためには財源が必要である。将来的には、依存の発生源であるギャンブルを運営している企業に課税し、ギャンブル依存対策の財源とすることが、効率性および公平性の観点から見て制度として妥当である。この制度は一般論としていえば、外部不経済を出す企業に対して、その外部性を課税という形でコストとして認識させ、市場機構のもとで最適な資源配分を実現させるものである。
     さらに租税原則の公平性の観点からは、依存症をより多く発生させる企業へ相対的に多くの負担を求めるべきである。ギャンブル依存症をもっとも引き起こしやすいと考えられるマシンゲームに対する売上高やマシン台数などの外形標準課税などは公平性が高いと考えられる。
     以上のような法制度を確立するためには、いかなる法的実装が必要となるのかを検討する。

    依存に陥るメカニズムの研究

     ギャンブル依存を未然に防ぐための方策の策定や、依存症に陥ってしまった場合の効果的な回復法を制度化するためには、その法制度の理論的根拠となる依存の病態解明を目的とした基礎研究が必要である。 ヒトが依存に陥るメカニズムはまだ充分に解明されていないが、これまでに実施された脳科学研究により、「報酬系」と呼ばれる腹側被蓋野から側坐核に至るドパミン神経系の活動が重要であることが推定されている。覚せい剤やコカインなどの薬物はドパミン神経に作用し、その活動を活発化し、報酬系の活動を促進すると考えられている。ギャンブル依存症患者の脳内でも、同様に報酬系の活動異常が生じており、それが報酬依存型行動の亢進に結びつくものと推測されている。本研究では、ヒトを対象にした脳機能画像研究により、依存症のヒトに特有な脳構造変化や活動パターンの変化の存在の有無を検討する。特に、報酬系の活動に注目し、プロセス依存に特有な変化、依存一般に共通する特徴を明らかにする。さらに、サルを対象とした動物モデルを利用することで、報酬依存行動の単一神経細胞レベルおよびシステムレベルでの神経基盤の解明を目指す。
     さらに、報酬に関する情報に基づいてどのような判断を下すか、つまり「報酬によって動機づけられた意思決定」にも焦点を当てる。この心理過程・認知過程・神経基盤の解明に、近年大きな進歩をもたらしたのが、行動経済学の理論・モデルの神経科学への応用としての「神経経済学」である。脳機能画像研究と組み合わせた神経経済学的研究が明らかにしつつある「報酬への感受性」や「意思決定」の脳内過程についての知見は、ギャンブル依存の神経基盤理解に大きく寄与すると考えられる。しかし、このような観点から、ギャンブル依存者を直接対象とした研究は限られている。本研究では、ギャンブル依存治療施設と連携し、施設利用者を被験者として機能的脳画像研究の協力を得ることで、今日までほぼ未解明といってよいギャンブル依存の神経基盤の包括的解明を目指す。

    予防・回復プログラムの策定

    ギャンブル依存に陥るパターンや時期、周辺環境などは多様であるものの、そこには一定の傾向が存在する。共通する傾向を精査することにより、効率的な防止策を策定できると考えられる。諸外国で実施されている、包括的なギャンブル依存症対策とその目的として下記のものが挙げられている。
    諸外国で実施されているギャンブル依存症対策プログラムとその目的
    ここに挙げられた目的と対策の組み合わせを参考にしながら、我が国において有効な制度としてどのようなものを構築するか、また、どれに重点を置いて実施すべきかを検討する。

  3. 共同研究例

  4. 「脳機能イメージング法によるプロセス依存の研究」(平成22年〜24年)

    (株式会社マルハンとの共同研究)

    MRI(磁気共鳴画像法)、およびポジトロン断層撮影法を用いて脳の構造と機能を解析することで、健康な依存と病的なギャンブル依存症のきめているものは何かを明らかにすることを目的に研究を推進している。

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